Bikers club TSUBASA   establishment1992
2010.1.17report
コース
大黒P〜湾岸幕張PA〜富津岬〜日本寺(解散) アクアライン&東京湾フェリー
走行距離 234km(横浜起点)

参加者:
(敬称略)
武信(H.VF750) 羽田(BMW R1150RT) 熊谷(BMW R1150GS ADV) 田中(S.GSX-R1000)
沼田(Y.YZF-R1) ガンメタ(K.1400GTR) 内田(BMW R1150RT) 伊東(S.TL1000R)
田口(BMW R1150R RS)   ゲスト:ドン・キホーテ  
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 夢で吉とされるのは御存知のとおり『一富士、二鷹、三なすび』とされている。当初の予定ではその一番、富士山を“駿河湾”から観ようではないかということになっていた。つかの間、勝手に夢見た年末ジャンボは300円の大当たり、「紅白」でスーザンボイルなるオバサンがそのまんま“夢やぶれて”の熱唱ときて、肝心の日には飲みすぎで初夢を見損なったオジサンたちは、しっかりと洋上から見た富士を網膜に焼き付けて11ヶ月と何日か後のその日にホンマモンの夢に賭けようとしたが、ナント!洋上まで我々を運んでくれるフェリーが定期点検のために欠航なんだって。“夢もちぼうもねえ”なんてフレーズ覚えてる?
 んなわけで行先変更、千葉県の“鋸山日本寺の大仏”さんを見に行ってきた。大黒PA9時の集合は全員“余裕のヨッちゃん”のはずが、ヨッシーさんが来ない。年初恒例のBMWのトラブル、バッテリー上がりだそうだ。ギンヤンマは出掛けの急速充電、小生は前日よりのフル充電で今年はなんとか事なきを得たが、ヨッシー車は車検直後なのにねえ。毎冬BM乗りの誰かしらが見舞われる。アドベンチャーなんて冠もまさに詭弁、そんなに弱いバッテリーならキックを付けろってんだい。ったく!!
 岸幕張PAでゲストさんと合流し、館山道から富津岬へ。ツバサでは2000年2月以来だ。当時強風下で恐怖を覚えるほど揺れた岬突端の展望台はしっかりと耐震補強が施されていた。サージェント(ホントは佐官です)の遠眼鏡を覗けば第一海保は手が届くようだ。しばしハシャイでウォーリアが予約した岬基端のお店で昼食。とても美味かったが、隣席に陣取った五人の幼児を連れた若い母親が印象強い。どうしたらあんなに下品になれるのだろう。子供たちが・・・・
 こからは高速、産業道路を離れ、いかにも千葉らしい道をたどる。そういえばガンメタがナビクラブに参入したようだ。いつもの面々からは○△☆★???★が飛んでくる。ハハハ・・・
 神奈川組が帰路に予定している金谷港を通り過ぎる。白波はたっていないようだから欠航の心配はないだろう。鋸山日本寺に着く。有名な鋸南の水仙と梅の香りがただようやさしい午後の陽の中で、ゆるやかな良い時間を過ごす。「写真館」のギンヤンマが望遠で引いたメンバー面々の楽しそうなショットをご覧あれ。言わずもがなであろう。
 ここは以前トコトコでも来ているがその際、有名な“地獄覗き”は仰ぎ見ただけであった。今回は時間の余裕も若干ある。フェリーを利用する神奈川組三人がサージェントを先頭に頂上のそこを目指す。皮パンツとブーツが「おとなしくバイクに乗っていろ」と中年たちのか弱い心臓と美しい脚を痛めつけてくるがなんとか手摺につかまりながら無事に到着。そこは東京湾と三浦半島、房総半島を一望できる想像以上のロケーションだった。足元遥か下を計算された曲線で館山道が貫いている。最前大仏前で別れた東京組があっという間に走り去るのが見えたような気がした。“百尺観音”はバーミヤンばりの磨崖仏、一見の価値有りです。
 010年の初ツーリングは好天の下、ゆったりと楽しく終った。メンバーも日のあるうちに帰宅することができたであろう。さ、来月こそ洋上から富士山だ。今年も一年、全員で安全に楽しく走ろう。皆さんお疲れ様でした。(了)熊谷