DC色々体験記 2003年9月
9月某日
もう9月。8月が短かったのは休暇が長かったせいか。
深夜12時、残業後の帰宅途中。副大統領公邸前を50マイル(時速80キロ)で飛ばしていたら、100m程前方に道を横切る犬らしき動物を発見。ライトをハイビームにしてみたら、何と「鹿」。それもハイビームに驚いて、横切っていたのに戻ってきたもんだから、間一髪までは行かないが、20m位まで接近。引くかと思った。緑多いとはいえ、首都DCの真ん中で鹿が自生しているとは。
9月某日
エレベータに朝乗り込むと、強烈な香水のニオイ!。そこに立っていた中年女性と目が合う。その女性が自分を睨みつつ一言、「このニオイ、私じゃないわよ。」
9月某日
職場にも近い韓国&日本料理店。韓国料理中心のメニューに日本語訳がついているのはいいが、「ビビソハ゛」(「ン」でなく「ソ」、「゛」で一マス使っているのがポイント)、「KISUNE UDON」など、惜しいミスが散見される。平壌冷麺は、ハサミが一緒に出てくる本格派だが、味はイマイチ。そういえば韓国の外交官と飯を食ったとき、職場の近くにはいい韓国料理屋が無いと言っていた。
9月某日(土)
友人のコネで得たタダ券でオリオールズマリナーズ戦観戦。今年3回目のカムデンヤード。しかし今回の席が一番悪くレフトスタンドの二階席。イチローも遙か遠くに見えるのみ。この日はリプケンのオリオールズ殿堂入りの表彰の日で、リプケンポスターを無料配布。二本もらったら早速マニアが声をかけてきて2ドルで売れた。試合はイチロー2安打もマリナーズが1−3で敗戦。佐々木、長谷川の登板も無く、ブルペンの彼らも暇そう(写真は暇そうに試合を眺める長谷川)。
ブッシュ大統領、夕方に特別演説。キャスター「ブッシュ大統領は特別演説の中で、対イラク戦争に関し、国民の忍耐、外国軍隊の増強、そして、カネを求めました。」。
フランスも協力してくれないなら自分でやるからね!とばかりに始めたアメリカは、ちょっと国際社会に対してカッコ悪い気がするけど、そういう類のブッシュ批判は余り聞かれないのは気のせいか、それともアメリカの特徴か。ただ「イラクのオイル目当ての金儲け戦争」という当初の批判が結果的には当たらなかった、とは言えるのかな
9月11日
2001年7月末のNY旅行。7月30日の写真にはハッキリとツインタワー。涼しく快適な1日だった。8月1日のNY発シカゴ行きの早朝のUA便は、客が少なかったが、朝食のホットサンドイッチは機内食にしては美味しかった。
漠然と日常を過ごしていて、突然命が奪われることもあるのだ。だからといってどうしようも出来ないけど。
9月某日
こちらはソフトドリンクが安い。スーパーの安売り(といっても恒常的に近いが)で350ml缶が12缶2.5ドル。1缶あたり20セント強(約25円)。アメリカ人がブクブク肥るわけだ、と思いつつ自分は「diet」版を愛飲。写真はダイエットバニラコーク。ダイエットジンジャーエールや、ダイエットスプライト(日本にはないと思う)もこちらでは人気。dietモノのデザインは全て色が薄いが、何となく分かる気がする。濃くするわけにはイカンし。
ちなみに、ダイエットバニラコーク、スゴクまずい。12缶買ってしまったのに、、、。
9月某日
夜7時半から、Nijinsky's Last Danceをケネディセンターで鑑賞。同センターの「dance」の催し物一覧からインターネットで中味も大して見ずに選んだもの。舞踏家のNijinskyさんの引退記念興行?、と勝手に思っていたら大間違い。20世紀初頭に活躍したロシア人のバレエダンサーで、後に精神を病んで消えていったNijinsky氏を題材に「劇」化したモノ。そう、「ダンス」など全く無い一人「劇」だったと気付いたのは開始後だった。内容は、既に狂気の世界に陥ったNijinskyのひとり語り。彼の空想の中で、次々と色んな人の思い出が出てくる中、荒廃した時代背景までもあぶり出されるというもの、、、らしい。セリフの9割は分からなかった。ワザとロシアなまり風に喋ったりしてるし、、。 何となく聞き取れても、文脈が分からないとダメ。でも、終了後、総立ちで拍手していた観客に、一応参加してしまう自分。でも隣で爆睡していたおばさんも一緒に立ってたし。見てないやん!と心の中でツッコミ。
その後夜のリンカーンメモリアル、議事堂写真撮影へ繰り出す。一度夜景を写真に収めたいと思っていたので、満足満足。しかし、夜のリンカーンメモリアがあれほど見学者が多いとは思わなかった。「スミス、ワシントンへ行く」(あるいはリーガリーブロンド2)で見たような、誰もいない中でリンカーンと対面したかった気持ちも少々あったけど。
対照的に議事堂は周囲に誰もいない。そんな中、ひとりセルフタイマーで写真撮影を繰り返す。誰もいない中での作業は他人が見たらさぞ奇妙であろうが、誰か見ていたらとても恥ずかしくて出来なかった。議事堂のライトアップ、中央のドーム部分だけでなくて、全体をやっても綺麗だろうに。
9月17日(水)
超大型ハリケーン「イザベル」が米国東海岸に接近中。予想直撃日は18日の午後から深夜にかけて。18日は連邦政府、公共機関は全てcloseになった(我が職場もclose。明日は休み。)。バス・地下鉄も18日は午前11時までの営業。緑の多いDCなので、倒木による被害(道路封鎖、停電)が心配である。低地では浸水の可能性もある。
ということで、住民はスーパーへ走り、水、食料などの買いだめに忙しい。さすがにモノが豊富な米国のスーパー。品切れこそ無いものの、品薄状態の棚が増えている(一部では水・ミルク等が無くなっているらしいが)。しかし、人々の顔は心なしか興奮している。恐怖に追われている感じではなく、遠足前の子供のような非日常への期待感の表情だ。全く悲壮感はない。
その最たるは自分。「いやあ、アメリカのハリケーンって言うのは経験した人にしか分からないと思うけどさあ」と言える資格が手にはいると思うと、これで心が躍らずにいられようか。浸水する家、濁流に流される家屋、風に倒される大木、様々なシーンを想像しては軽い躁状態。自分のアパートに被害がないことを祈りつつ、であるが。
まあ、実際のところはコンロもシャワーも何もかも全て電気のため正直停電が怖い。と、考えて、そうなるとお湯も沸かせないから、食べることの出来るのは少量のプレッツェルチョコレートだけであることに気付いた。まあ、水は丁度買ったばかりで10リットルあるから2,3日は生きていけるだろう。
ちなみにアメリカのハリケーンの名前は、ABC順に人の名前を男女交互に付ける、とのこと。イザベルの次はさしあたりJohnとか、Jeffあたりか。日本でもやればいいのに。「台風「くにお」は房総沖を通過し被害はありませんでしたが、続く台風「けいこ」は、勢力を強めながら九州地方に接近しています。」なんてイイじゃない。
9月21日(日)
台風の影響は何もないと思っていたらDC近郊は結構木が倒れているため停電が多いようで、3日経ってもまだ数十万人が停電の状態らしい。人もそうだが、木も台風慣れしていない。
9月某日 テレビのトークショーで、ゲストはボーイジョージ。久々に見たら衝撃を受けた。頭の緑と首の黒はペイント。一応本人はロシア兵(確かに帽子は軍帽だ)と言っていた。思わずテレビ画面を写真に撮る。
9月終わり。DC滞在もあと7月半。